昨日に引き続き、
2/2に出たばかりの『鬼滅の刃』英語翻訳版第20巻のセリフをご紹介していきます!
(アニメ派の人には当然のことながらネタバレ含みます!)
表紙は、「はじまりの呼吸」の剣士であり、
いわゆる「チート」な強さを持つ、継国縁壱(つぎくによりいち)。
強いだけじゃなく、人格者で非の打ち所がないため、
マンガでは通常扱いにくいタイプのキャラです。
しかしそこは、
ストーリーテリングの才能が優れた吾峠呼世晴先生。
「他の人では背負いきれないもの凄い重荷」を背負わせることで、
最強キャラが作品のバランスを壊さずに、むしろ深みすら与えているわけですね。
そんな彼が、
晩年になって再会した「変わり果てた双子の兄」に対してはなった一言が今回のテーマです。
別れてから60年以上が経ち、
縁壱が大好きだった双子の兄・継国巌勝(みちかつ)が、
目玉が6つもあるような完全なる鬼になっていて、
その姿を見て、言い放ったのがこの、「お労(いたわ)しや 兄上」です。
今日はこれを
『鬼滅の刃』英語翻訳版のネイティブ英語でどう訳された?という問題です。
問題
お労しや 兄上
※sympathy=[名]同情
表現の誤りを直してください!
答え
正解
お労しや 兄上
「sympathy」ではなく「sympathies」が正解でした!
「My sympathies」は定型表現で、
海外の映画やドラマでは出てくるそうですが、
日本にいるとほぼほぼ見かけないから難しい問題でしたね。
解説
「お労しや」とは本来どういう意味?
そもそも、
「お労しや」とはどういう意味でしょうか?
なんとなくはわかるけどいざ説明するのは難しい、
という人も多いかもしれません。
そもそも「労しい」には、
広辞苑 第七版
労しい(いたわしい)
①骨が折れてつらい。苦労である。
②病気でなやましい。
③気の毒だ。不憫(ふびん)である。
④大切に思う。心配に思う。
という意味があり、
このシーンで縁壱が言っているのは、
③の「気の毒だ」「不憫だ」という気持ちですね。
老いることも寿命が尽きることもない鬼になった兄・巌勝。
80を過ぎ、白髪でシワだらけになった縁壱自身と違い、
若々しいままの姿でいたわけです。
しかしそれを、
ポジティブに捉えるわけでもなく、
むしろ、
ネガティブに捉えたからこそ、
「お労しや」
になったんですね。
My sympathies... my brother.
お労しや 兄上
そこで英訳に戻ります。
継国縁壱
My sympathies... my brother.
お労しや 兄上
なかなか見慣れない表現が出てきましたね。
「sympathies」の語尾が「-ies」になっていることから、
これは「複数形」であることがわかります。
つまり、「名詞」なんですね。
元の単語「sympathy」の意味はコチラ。
英単語
[名詞]同情、お悔やみ、哀悼、支持、同意、共感、共鳴、同感
発音を聞いて気づいた方もおられるかもしれませんが、
これは日本でも
「シンパシー(を感じる)」
のように使われる言葉ですね。
ものごとに共感したりすることですね。
しかし「sympathy」は
参考
My sympathies.
(お気の毒です)
My deepest sympathies.
(ご愁傷様です)
You have my sympathies.
(心中お察しいたします、お悔やみ申し上げます)
といった形で、
「one's* sympathies」という形になると、
「同情」や「お悔やみ」という意味になります。
そう、「労(いたわ)しい」という意味です。
(*one's=人称代名詞の所有格。myなど)
なぜ「複数形」だった?
「sympathy」は名詞ですから、
ウィズダム英和辞典 第4版
I have a lot of sympathy for the poor.
(貧しい人々に大変同情する)
のように、単数形で使うのが基本です。
しかし、
これが極めて英語的ではあるんですけど、
上記の例のように
「貧しいことに同情」という気持ち一つの場合は「単数形」でよくても、
ウィズダム英和辞典 第4版
You have my deepest sympathies on the loss of your dear father.
(お父上のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げます)
のように人が亡くなった時とか、
いろんな気持ちが含まれる場合は「複数形」になるんですね。
「Congratulations!」や「Thanks!」などに「-s」がつくのも同じ理由だそうです。
「言葉」の奥底にあるもの
それにしても、
「お労しい」という気持ちは、
辞書では「気の毒だ」「不憫だ」で終わりますが、
なんかこう、
色んな意味を含んだ感じがしませんか??
実際、
たった一言なんですが、
縁壱の「お労しや」には、
兄・巌勝が鬼になったことだけでなく、
無惨の「配下」にならなければならなかった事、
鬼になることで同胞に手をかけなければならなかった事、
そしてその良心の呵責にずっと苛まれていたであろう事、
誰も信じられず、誰とも喜びを分かち合ったり出来ず、一人で孤独に過ごしていたであろう事、
「強い侍」になりたかったのに、鬼という人から疎まれる存在になった事、
自分の意志で死ぬこともない人生を歩む事になった事
人間の姿を捨てた鬼になってしまった事
・・・などなど、
縁壱たちとたもとを分かち、
そこから60年以上、
鬼であり続けた兄に同情とも憐みともなんとも言えない様々な想いが一気にあふれ出し、
どんな人にも優しい、人格者の縁壱は思わず、
大きな涙をたらしたのです。
だから、
その様々な感情を表す複数形になる表現、
「My sympathies」で訳されたわけですね。
今日のまとめ
言葉は辞書にあるだけのものではなく、
その言葉の裏にある「いろんなこと」を含むものなんだ、
ということを意識しながらいろんな作品を読んでもらうと、
作者がその言葉を選んだ「意図」や、その先にある「想い」に触れられ、
作品の事がもっと好きになるので、深く、謙虚に読む事はとても大事な事です。
また、そういう作品は、
「人間」の感情がリアルに描かれているから、
何度読んでも飽きないし、感動するんですよね。
今日の言葉
お労しや 兄上